※このインタビュー記事は、2018年7月に掲載した内容です。
無線通信機能を備え、高い演算処理性能備を実現しながらも、消費電力を極めて低い値に抑えることーーー。IoT(Internet of Things)システムを構成するエッジ機器やゲートウェイ機器には、こうした厳しい目標の達成が求められている。
目標の達成に向けて、BLE(Bluetooth Low Energy)やZigBeeなど、消費電力を低く抑えられる無線通信規格が策定されている。しかし、こうした規格を採用するだけでは、なかなか目標を達成できない。IoTシステムのエッジ/ゲートウェイ機器の「心臓部」に当たるマイコン(マイクロコントローラ)の低消費電力化も併せて追求する必要がある。
このため、多くの半導体メーカーがIoTシステム向けマイコンの低消費電力化に取り組む中、サイプレス セミコンダクタ社は、高い演算処理性能と低い消費電力を同時に実現したマイコン「PSoC 6」を開発し、順次、製品を市場に投入している。今回は、このPSoC 6について、演算処理性能/消費電力の詳細や、採用した技術、ターゲットとする用途などについて、同社 マイコン事業部 マーケティング部 プロジェクト課長の末武清次氏に聞いた(聞き手:山下勝己=技術ジャーナリスト)。
PSoC 6とは、どのようなマイコンなのか。
PSoC 4から変更された点は何か。
末武 演算処理性能が大幅に強化されている。PSoC 4では、Arm社のCortex-M0コアを搭載していたが、PSoC 6ではCortex-M0+コアとCortex-M4コアのデュアルコア構成を採用した(図2)。このため、演算処理性能は大幅に向上している。さらにメモリ容量も増えており、PSoC 4のフラッシュ・メモリ容量は256Kバイトだったが、PSoC 6では1Mバイトに増やした。
ただし、PSoC 6はPSoC 4と同様に、PSoC(Programmable System on Chip)の基本コンセプトを継承している。すなわち、当社独自の容量性タッチセンサー技術「CapSense®」や、プログラマブルなアナログ回路ブロック、さまざまな用途に使えるデジタル回路ブロック「UDB(Universal Digital Block)」などを搭載した。
Wi-Fiへの対応も可能に
幅広い製品ラインナップの中から特徴的な製品を紹介してほしい。
末武 PSoC 6には、複数の製品ラインがある。その製品ラインによって、対応する無線通信規格が異なる。「PSoC 63ライン」は、「Bluetooth 5」規格準拠のBLEに対応した物理層回路(トランシーバなど)を集積している(図3)。BLEを使って無線接続するIoT用途に特化したマイコンだと言える。
さらに「PSoC 62ライン」も用意している(図4)。これを使えば、BLEのほかに無線LAN(Wi-Fi)にも対応できるようになる。ただし、マイコン自体にはBLEやWi-Fiに向けた物理層回路は集積していない。つまり、コネクティビティ機能は一切集積していないわけだ。ただし、UDBを使うことで、SDIO(Secure Digital Input Output)インターフェースを実装できる。Wi-Fi/BLE無線通信モジュールを外付けすることで、コネクティビティ機能を実現する仕組みを採用している。
PSoC 6の開発環境はどうなっているのか。
末武 PSoC 63ラインについては、これを搭載した「PSoC 6 BLE Pioneer Kit」を2017年9月に発表しており、その際に統合開発環境(IDE)である「PSoC Creator 4.2」をアナウンスした。つまり、これを使ってプログラミングやパラメータ設定などを実行できる。
PSoC 62ラインでも、プログラマブルなアナログ機能やUDB、CapSenseなどのプログラミングやパラメータ設定などにはPSoC Creator 4.2を使う。ただし、コネクティビティ機能については、当社が2016年7月に買収した米Broadcom社のIoT事業に含まれていたソフトウエア開発キット(SDK)「WICED(Wireless Internet Connectivity for Embedded Devices)」が対応する。なお、CapSenseなどはライブラリ化されており、WICEDで扱うことが可能だ。従って、プログラマブルなアナログ機能などを利用しないのであれば、PSoC Creator 4.2を使わずに、WICEDだけで開発作業を進めることが可能だ。使い勝手が大幅に向上する。
フラッシュ混載プロセスで低消費電力化
消費電力は、どの程度削減できたのか。
低消費電力モードも用意しているのか。
末武 複数のモードを用意している。例えば、LP(ロー・パワー)アクティブ・モードは、Cortex-M4コアのみが8MHzで動作しているモードで、消費電流は380μAと少ない。割り込み待ちの状態だが、シリアル通信やタイマーなどは動作している。このため割り込みがあれば、すぐにフル稼働状態に移行できる。
ディープ・スリープ・モードでは、周辺機能(ペリフェラル)がすべて停止してしまうが、消費電流を77μAと少ない値に低減できる。さらにハイバーネート・モードは全機能が止まってしまうが、消費電流をわずか300nAに抑えられる。こうした低消費電力モードをアプリケーションの特性に応じてうまく組み合わせれば、IoTシステムの消費電力を大幅に削減できる。
こうした消費電流の値は、競合他社品と比べると、どのような評価になるのか。
なぜ競合他社品に比べて、演算性能当たりの消費電流を大幅に削減できたのか。
末武 最大の理由はフラッシュ・メモリ混載の40nmプロセスを競合他社に先駆けて開発し、採用していることにある。当社には、独自のフラッシュ・メモリ技術「SONOS(Silicon-Oxide-Nitride-Oxide-Silicon)」がある。これを活用し、当社の内部でプロセス技術を開発し、外部のファウンダリ企業と共同で製造プロセス工程を立ち上げた。このフラッシュ・メモリ混載40nmプロセスを使うことで、演算性能当たりの消費電流を低減するだけでなく、フラッシュ・メモリやRAMの容量を増やすことにも成功した。
IoTシステムのエッジ/ゲートウェイに向く
PSoC 6は、IoTシステム向けと言うことだが、具体的にはどのような使われ方を想定しているのか。
末武 PSoC 6は、演算性能が高く、消費電力が低い。この特徴を十分に生かせる用途をターゲットにしている。例えば、IoTシステムを構築するエッジ機器やゲートウェイ機器などである。
どのような使い方が可能になるのか。
末武 例えば、発売したPSoC 62ラインをゲートウェイ機器に搭載したとする。この場合、数多く配置したセンサー端末(ビーコン)で取得したデータをBLEを介してゲートウェイ機器に無線伝送し、ゲートウェイ機器においてデータ処理を実行し、セキュリティを掛けてからWi-Fiで使ってクラウド環境にアップするといった使い方が可能になる。BLEとWi-FIの両方に対応できるというメリットも活かせるわけだ。
エッジ/ゲートウェイ機器のほかには、どのようなアプリケーションが考えられるのか。
末武 アプリケーションの候補としては、ローエンドのウエアラブル機器が挙げられるだろう。スマートウォッチやヘルストラッカー、活動量計などである。PSoC 4では、メモリ容量が足りないため対応が難しかったが、PSoC 6であれば問題ない。ただし、ディスプレイの表示性能は低いため、小型ディスプレイを搭載する機種しか対応できない。
IoT関連の用途では、AIスピーカーのフロントエンド部も有力な候補だ。メインのマイコンは、リッチOSが必要不可欠なためPSoC 6は適用できないが、マイクロフォン関連の処理に使うサブマイコンには最適だろう。さらにセンサー・ハブも典型的なアプリケーションになると見ている。PSoC 6を採用すれば、消費電力を低減でき、演算処理の内容を増やすことができるからだ。ただし、現行のPSoC 6のフラッシュ・メモリ容量である1Mバイトだと、ネットワーク・スタックとアプリケーション・ソフトウエアを格納すると一杯いっぱいである。そこで現在、フラッシュ・メモリ容量を2Mバイトに増やしたPSoC 6の開発を進めており、2018年内には製品化する予定だ
IoTアプリケーション開発向けMCUソリューション開発ボード
PSoC 6 BLE Pioneer Kit “CY8CKIT-062-BLE”
メーカインタビューでもご紹介したPSoC 6 BLE Pioneer Kitを発売中です。
Arm Cortex-M4およびM0+コアを搭載した「PSoC 6 BLE」 の主機能を、お手軽に試すことが可能な開発キットです。
サイプレスの定評のある静電容量タッチソリューション「CapSense」のためのスライダーおよびボタンも基板上に実装しています。
Arduino Uno用コネクタも準備しており、本コネクタに接続可能なE-inkシールドも同梱しています。さらに、BLE通信のデバッグも可能です。