
Richard Kewell 氏
さまざまなワイヤーの外側に巻かれた黒色や緑色、透明などのチューブ。多くの人が見掛けたことがあるだろう。一般に、このチューブを「熱収縮チューブ(Heat Shrink Tubing)」と呼ぶ。ワイヤーの周りにチューブを被せて、これに熱をかけると収縮してワイヤーと密着する。こうすることでワイヤーを電気的に絶縁したり、機械的な力や化学物質、水滴などから保護したりすることが可能になる。さらにカラフルなチューブを取り付けることで、ケーブルを識別したり、美観を高めたりすることもできる。決して派手な部品ではないが、電子機器や自動車、航空機などのアプリケーションにとって欠かすことができない存在である。
現在、この熱収縮チューブの世界全体の市場において、約65%と高いシェアを握っているのがTE Connectivity社である(TE社調べ)。熱収縮チューブ事業はもともとRaychem社が手掛けていたもの。そのRaychem社をTE Connectivity社が1999年に買収し、その後も事業を継続している。市場での長い経験で培った技術力や営業力が高い市場シェアの源泉だ。今回は、同社においてProduct Manager、Heat Shrink Tubingを務めるRichard Kewell(リチャード・キューウェル)氏に、熱収縮チューブの役割や、主な市場、製品の特徴、品揃えなどについて聞いた
(聞き手:山下勝己=技術ジャーナリスト)
TE Connectivity社が製品化している熱収縮チューブの特徴は何か?
Kewell 同社の熱収縮チューブ事業のビジョンは、HARSH環境(過酷な環境)で使われるアプリケーションに対してソリューションを提供することにある。このことを最も大切にしている。
過酷な環境とは具体的にどのようなものか?
Kewell 「HARSH」という単語は、「Heat(熱)」「Abrasion(摩擦)」、「Robust(堅牢性)」「Sealing(シーリング)「Hydrocarbon(炭化水素)」に分解できる。つまり高温にさらされたり、摩擦にさらされたり、堅牢性が求められたり、防水が求められたり、炭化水素(危険物)からの保護が必要だったりする環境である。こうした環境からアプリケーションを守るには、一般的な電子部品だけでは不十分だ。それを補完するのが熱収縮チューブの役割である。
実際、どのような用途で使われているのか?
Kewell 熱収縮チューブの用途は大きく7つに分類できる(図1)。1つ目は「絶縁」。ワイヤーや端子などの電子部品を覆うことで実現する。2つ目は「ストレイン・リリーフ」である。コネクタを取り外すときにワイヤーを引っ張ることで発生する負荷から端子を保護するために使う。3つ目は「保護」だ。摩擦や衝撃、紫外線、化学物質などからアプリケーションの内部を守る。4つ目は「シーリング」。水や湿気、オイルなどからアプリケーションの内部を保護する。
5つ目は「コスメティック」である。美観を高めることが目的だ。6つ目は「識別」。例えば、グラウンド線に緑色や緑/黄色の熱収縮チューブを被せることで、ほかの電線と識別しやすくする。7つ目は「シールディング」。電磁波から遮蔽することが目的である。熱収縮チューブに金属箔(ホイル)を組み合わせることで実現する。
熱収縮チューブの主なアプリケーションを具体的に教えてほしい。
Kewell 熱収縮チューブは、ありとあらゆる産業で使われている。アプリケーションの観点で見ると、ボーダレスな製品だと言えるだろう。つまり、アプリケーションは特定の産業に依存しておらず、販売のオポチュニティー(機会)が極めて多い製品である。
いくつか具体的な適用例を紹介しよう。現在、家電機器の分野では、屋外で使われるスモール・アプライアンス(小型家電)に注力している。例えば、芝刈り機である。水/湿気や振動などから機器本体を保護する用途で使われている。産業機器では、紫外線や高温環境からの保護で使われるケースが多い。自動車でも、様々な用途で使われている(図2)。
人工衛星などのエアロスペース用途でも採用されている。真空環境では、高分子材料から低分子材料が放出される現象が発生する(アウトガス)。この現象から電子機器を守るために熱収縮チューブが使われている。
日本市場のシェアはまだ高くないが高い製品力で拡大
熱収縮チューブ事業におけるTE Connectivity社の強みは何か?
Kewell 対応力の高さだろう。ユーザーのどのような課題にも、いかなるアプリケーションの要求にも対応できる技術や製品を持っている。これが最大の強みである。
確かに、当社の製品は、競合他社品と比べて一番安価だとは言えない。しかし、その一方で、50年以上も熱収縮チューブ事業を継続しており、様々な知識や技術を蓄えている。さらに、当社は1999年に熱収縮チューブの専業メーカーだったRaychem社を買収し、そのブランド名を受け継いだ。知識と技術、そしてブランド力。これらを生かして、ユーザーの新しい課題や需要があれば、それに向けた製品開発を今後も続けていく考えだ。
現在、熱収縮チューブ市場のシェアはどのくらいか。また競合企業はどこになるのか?
Kewell 当社の世界全体の市場シェアは約65%である。世界で最初に熱収縮チューブを製品化したのがRaychem社。その事業を、1999年に当社が引き継ぎ、ずっと続けているため、高い市場シェアを獲得できていると考えている。
競合企業としては、米国やアジアの市場では住友電気工業が挙げられる。同社の製品は「スミチューブ」の名前で知られている。欧州市場では、ドイツのDSG-CANUSA社だろう。このほか、韓国のLG社や米国の3M社なども競合企業だが、これらの企業はHARSH環境向け製品ではなく、価格優先の製品を展開している傾向がある。従って、当社とは重視している市場が違う。
日本市場におけるシェアはどのくらいか?
Kewell 正直なところ、国内市場は非常に難しい競争環境に置かれている。なぜならば、Raychem社が日本で事業を展開していた当時は、航空宇宙向けと防衛向けにしか販売しないという方針を立てていたからだ。その間に、住友電気工業がスミチューブを拡販し、大きな市場を獲得してしまった。その後、当社がRaychem社を買収。当社はAMP社も傘下に収めていたため、コネクタと一緒に熱収縮チューブを販売することで、市場シェアをどんどん挽回していった。それでも現時点における日本国内の市場シェアは着実に増加していると見ている。
2種類の構造を用意
熱収縮チューブの品揃えについて教えてほしい。
Kewell 熱収縮チューブは、その構造の違いで大きく2つ分けられる(図3)。1つは、一層構造チューブ(Single Wall Tubing)。もう1つは、二層構造チューブ(Dual Wall Tubing)である。
一層構造チューブは、一般的な製品に使われている構造だ。防水などの機能は持っていない。使用する材料は3種類ある。ポリオレフィンと、フロロポリマー、特殊なハロゲンフリー料である。ポリオレフィンは、一般的な温度で利用する製品に使う。フロロポリマーは高温の用途に向ける。特殊なハロゲンフリー材料は、鉄道や海洋(マリーン)など、ハロゲン規制への対応が求められる用途に向けた製品に使用する。
二層構造チューブは、内部に熱溶融性接着剤と呼ばれる材料が入っている。これは、熱をかけると溶ける接着剤として機能する。熱をかけると収縮し、それと同時に熱溶融性接着剤が溶けてワイヤーなどの周囲を覆う。この結果、水や湿気などが物理的に入れないようにし、防水、防滴などを実現する。
それでは一層構造チューブにはどのような製品を用意しているのか?
Kewell 図4は、一層構造チューブの品揃えを示したマップである。マップ内にある英文名は製品シリーズの名称で、その下の記述は使用温度範囲である。
当社では、ユーザーの要望やアプリケーションの動向などに対応するために、使用する材料や、材料の配合比を変えることなどで複数の製品を用意している。マップ中にある「4:1(4対1)や「3:1(3対1)」という数字は収縮比である。この収縮比が大きいほど、熱をかけたときに大きく縮み、ワイヤーなどにフィットする。
一層構造チューブの中で、世界市場で標準的な製品シリーズの位置付けにあるのは「CGPT」である。これを基に、さまざまな付加価値を付けた製品シリーズを用意している。例えば、英国の規格にさせたのが「RNF-100」になる。日本市場やアジア市場では、ケーブルの難燃性に関する規格「UL VW1」への準拠が必須なため、「VERSAFIT」が多く売れている。このほか、高い収縮比を求めるユーザーには向けて開発したのが「RNF-3000」や「RP4800」。使用温度範囲を広げたのが「RT-375」「RW-175」「HT-200などになる。
二層構造チューブの品揃えについて教えて欲しい。
Kewell 二層構造チューブの品揃えを示したマップは図5である。二層構造チューブの中で最も汎用的な製品シリーズは「ATUM」である。二層構造チューブを求めるユーザーにはまず、この製品シリーズを紹介している。日本では、産業機器などで数多く採用されている。
二層構造チューブを選ぶときは、2つのポイントに気をつけてほしい。1つは、防水用製品は使用温度範囲が低くなることだ。通常は+80℃や+110℃であり、高い製品でも「SCT」の+150℃である。もう1つは、適切な製品を選ばないと、必要とする防水性能が得られないことだ。このため当社の技術者や営業担当者とコミュニケーションをとり、適切な製品を選んでほしい。
F1カーでも採用
このほかに用意している製品を紹介してほしい。
Kewell 当社が「スペシャル」と呼ぶ製品群も用意している。そのマップが図6である。一層構造チューブや二層構造チューブの一般的な製品シリーズをベースとして、ユーザーの要望に合わせてプラス・アルファの機能を持たせたものだ。
例えば、「TC CAPS」もしくは「ES CAPS」は、二層構造チューブの一方の先端を閉じる処理を施した製品シリーズである。文字通り、キャップ状になっている。自動車業界での需要が非常に高い。「RAYRIM」は金属の端部(エッジ)処理に向けた製品シリーズだ。金属の端部に作業者の手が当たると怪我してしまう危険性がある。そこで、この製品を端部に被せて熱をかける。すると収縮するため、作業者を金属の端部から保護することができる。この製品シリーズはV字型構造を採用しており、金属の端部に被せやすい。
「HFT5000」は、製造方法に特徴がある。一般的な熱収縮チューブは、射出成形で製造する。しかし、HFT5000は2本の糸状材料で編むことで製造する。横糸は収縮する特性を持ち、縦糸は持たない。熱をかけると収縮する。外部からの力に対する保護などに用いる。例えば、F1カーの底面に取り付けたパイプを、路面との接触から守る用途などで使われている。
数多くの製品シリーズを用意しているが、実際に最適な製品を選ぶときは、どのようなプロセスを経る必要があるのか?
Kewell 製品を選定する際のプロセスは3段階ある。第1のプロセスは、使用する環境や温度などから最適な熱収縮チューブの製品シリーズ名を決めることだ。第2のプロセスは、使用するアプリケーションに合ったサイズを決める。きつくても、緩くてもてもダメだ。厚さも重要である。厚すぎると占有面積を取りすぎる。一方で、薄すぎるとそもそもカバーの役割を果たせないかもしれない。
第3のプロセスでは、色や納入形態を決める。日本では、黒色のチューブの販売が多い。ただし二層構造チューブでは透明な製品が使われることも少なくない。グラウンド線に使うのであれば緑/黄色を選択すべきである。そして最後にパッケージの形態、すなわち納入形態を決める。パッケージは、スティックやスプール、フラット・スプールなどの形態を用意している。
今後も年平均4〜5%の成長を見込む
熱収縮チューブに熱をかける際には、どのようなツールを使うのか?
今後の熱収縮チューブ市場はどのように推移すると見ているのか?
Kewell 新型コロナウイルスの世界的な感染がまだ収まっておらず、依然として先が見えない状況にある。しかし、それでも熱収縮チューブ市場は今後も堅調に伸びていくと予想している。今後も4〜5%の年平均成長率が期待できるだろう。
今後の製品戦略や販売戦略について教えてほしい。
Kewell 当社の熱収縮チューブ事業のコアは、HARSH環境分野に注力することだ。あまり技術的な要求が高くなく、価格競争に陥ってしまう危険性が高い市場には参入せず、技術的な要求が高い市場にフォーカスする。
コアは決して揺るがない。このコアに加えて、2つの戦略を立てている。1つは、販売代理店とのパートナーシップを積極的に活用していくことだ。当社は、製品の性能や品質は高いが、販路の整備が遅れていることが課題だと認識している。まだまだ製品を届けられていないユーザーがたくさんいる。そうした企業に、商社とのパートナーシップを活用して、リーチしていきたい。日本や中国などのアジア市場ではチップワンストップに期待している。
もう1つは、新製品の開発に積極的に取り組むことだ。販売代理店とのパートナーシップを活用して販路を広げれば、ユーザーや市場の情報がより多く入ってくる。さらに、ユーザーのニーズもより明確に見えてくるはずだ。例えば、電気自動車(EV)もそうだが、新しいアプリケーションや技術が登場したときに、そこにいち早く入り込めるかがポイントになる。そのためには、ニーズにあった新製品をいかに迅速に開発するのかが重要になるだろう。
当社には、長い年月の蓄積がある。それに販売代理店とのパートナーシップと新製品開発が加われば、熱収縮チューブ市場におけるリーダーシップを握ることが可能になるだろう。