
5G(第5世代移動通信)システムや、無線LAN(Wi-Fi)、Bluetooth、GNSS(Global Navigation Satellite System)など、さまざまな無線通信システムが実用化され、現在では当たり前のように利用できる環境が整っている。その無線通信システムを構築する上で欠かせない存在なのがアンテナである。
アンテナとは、無線信号の送信と受信の両方をこなすRF部品である。一般に、アンテナの設計や実装、評価などは難易度が高いとされている。それだけにRF技術に対する知見だけでなく、経験が求められる。
TE Connectivityは、ベースとなるコネクタ事業に関して、前身のAMPの時代から数えると60年を超える経験がある。その経験を生かし、2002年からアンテナビジネスをスタートした。約17年経った現在ではアンテナ市場の世界シェアにおいてトップ10に入る地位を占めている。その同社は現在、このシェアを高めるべく、さまざまな施策を打ち始めている。今回は、同社のRF Solution Product部門でProduct Managerを務めるFelisa Chuang氏に、新しいマーケティング戦略や、新しいアンテナ技術、市場シェア拡大に向けた新製品の詳細などについて聞いた。
(聞き手:山下勝己=技術ジャーナリスト)
TE Connectivityのアンテナ・ビジネスにおける強みは何か?
Chuang 当社には、60年を超えるコネクタ・ビジネスの経験がある。その経験で積み重ねた信頼性の高さと実績。この2点が当社の強みである。実績には、単にエンジニアリング能力だけでなく、製造、品質管理やロジスティックスなども含まれている。さらに60年超もの間、コネクタ・ビジネスを続けて来られたのは、信頼性の高さや品質の高さに加えて、顧客に対して誠心誠意向き合ってきたことも大きく寄与していると考えている。
現在、当社は、米国や韓国等に於いて、世界的なキー・カスタマを多数抱えている。このため、例えば、日本のある企業がアンテナに関して何らかのトラブルを抱えても、当社であれば、ほかの顧客企業で似たようなトラブルを解決した経験がある可能性が高い。当社のエンジニアに相談してもらえれば、蓄積された実績を活用してトラブルを解決へと導いてくれるだろう。
エンジニアリング能力において、競合他社に比べて上回っている点は何か?
Chuang 当社は、アンテナだけでなく、同軸ケーブルやコネクタ、リセプタクルといった製品や技術においても業界トップクラスの地位にある。従って、アンテナを搭載するシステムに対して、「トータル・ソリューション」を提供できる。この点は、競合他社を上回る強みだろう。さらに、基本的なRF技術についても、豊富な経験と最先端の知見を兼ね備えている。
カスタム対応や技術サポートの体制について教えてほしい。
Chuang 開発拠点は、米国のほかに日本、韓国、台湾、中国に置いており、エンジニアリング・チームが常駐している。そうした開発拠点には、試作設備や電波暗室、測定システムなどを用意しており、各地でカスタム設計や試作、評価などをすぐに実施できる体制にある。アンテナの特性は、実装するボードの周囲環境などの影響を受けやすい。このため、顧客企業の要望を正確に聞き取り、それに迅速に対応しなければならない。当社の開発/サポート体制であれば、問題なく対応できるだろう。
代理店ビジネスに力を注ぐ
現在、どのようなアンテナ・ビジネスを展開しているのか?
Chuang 現在は、複数のマーケットに注力している。具体的に言うと、「スモールセル」「無線LANエンタープライズ」「IoT」「トラッキング」等のマーケットである。このうち、スモールセルと無線LANエンタープライズ、IoTは直販を中心に対応する(図1)。すでに、この市場カテゴリーについては、米国や欧州などで数多くの顧客企業を獲得している。一方、トラッキング等のアプリケーションは主に代理店経由で販売をしていく(図3)。
これまでビジネスの中心だったのは、直販と代理店ビジネスのうちどちらなのか?
Chuang これまでは直販が多かった。なぜならば、一般的なアンテナは、基板に実装する場所の周囲環境などによって特性が変化するからだ。そのため、そうした特性変化に合わせて、アンテナ特性をチューニングする必要があるので、当社のようなアンテナ・メーカーが顧客企業に対して直接販売する形式が多かった。しかし最近では、GNSS用アンテナや無線LAN(Wi-Fi)用外付けアンテナなどで代理店ビジネスが増えてきている。今後は、この代理店ビジネスの比率を高めていきたい。
メタマテリアルを使ったアンテナ
直販のアンテナ・ビジネスの中で、今後注力していく技術や製品は何か?
メタマテリアルとは何か。メタマテリアルをアンテナに適用するとどのようなメリットが得られるのか?

図2: MetaSpanアンテナ
メタマテリアルを採用したアンテナである。右手系と左手系を複合させたCRLH(Composite right/left-handed)線路を使ったアンテナ・パターンが特徴だ。
Chuang メタマテリアルとは、電磁波の波長よりも十分に小さい周期構造を人工的に作り込むことで、元々の材料が備えていない特性を引き出した材料のことである(図2)。この人工的な材料をアンテナに用いることで、さまざまなメリットが得られる。例えば、アンテナを小型化しても非常に広い周波数帯域に対応できたり、アンテナ利得を高められたり、特性インピーダンスが50Ωであるため整合用部品を不要にできたり、人体の影響を受けづらいため安定な動作を実現できたりする。
メタマテリアルを使うアンテナは、すでにさまざまな企業が製品化している。その中でMetaSpanアンテナの特徴は何か?
Chuang 右手系と左手系を複合させたCRLH(Composite right/left-handed)線路を使ったアンテナ・パターンに特徴がある。このためアンテナの特性を高められると同時に、一般的なプリント基板に作成できるため低コスト化も実現できる点が特徴である。
MIMOアンテナや3Dアンテナも用意
アンテナ/アッセンブリや3Dアンテナとは、どのような製品なのか。
Chuang 例えば、無線LANルーターや無線LANゲートウェイなどに向けて、2×2や4×4などのMIMO(Multiple Input and Multiple Output)アンテナなどを提供している。
3Dアンテナは、3次元(3D)構造物にアンテナ・パターンを作り込んだものだ。このため、実装面積が限られる用途に最適である。3Dアンテナはこのほかにもメリットがある。過酷な動作環境に耐えられることや、防水性を確保できること、金属で囲まれた場所にも実装できることなどである。
TEのアンテナ製品は、具体的にどのような用途で採用されているのか?
外付けアンテナの品揃えを拡充
最近投入したアンテナ製品の実例を紹介してほしい。
Chuang 2019年に入って、代理店ビジネスを想定した外付けアンテナの品揃えを拡充した。例えば、GNSS(Global Navigation Satellite System)対応アンテナである。タイプやアッセンブリ方法、外形寸法、周波数帯域、アンテナ利得などが異なる製品を11種類投入した。いずれもスマートフォンや携帯電話機、携帯型電子機器に向けたものである。11種類の製品に共通した強みは、カバレッジ(指向性、放射パターン)が良好で、アンテナ利得が大きく、顧客企業でのチューニングが不要で、使い勝手が高いという点にある。
このほか、5G(第5世代移動通信)システムに対応したアンテナの品揃えも拡充した。今後も、外付けの5Gシステム対応アンテナの品揃えを増やしていく考えである。
外付けアンテナの強みをより詳しく説明してほしい。
Chuang まず使い勝手の良さだが、例えば、さまざまなスタイルの終端(ターミネーション)に対応していることが挙げられる。具体的には、SMAやRP-SMA、MHF/MHF4L、FMEなどに対応できる。さらに嵌合相手部品やケーブル・アダプタなどについても、さまざまなタイプを用意している。業界でポピュラーとされているアンテナ接続部品は、ほぼすべて用意していると言って過言ではないだろう。従って、顧客企業は、電子機器へのアンテナの実装(インプリメント)をより簡単にできるようになる。
「チューニング不要」とは、どのような意味なのか?
Chuang グラウンドの影響を受けない製品を用意しているという意味である。一般的なアンテナは、グラウンド面の上に実装すると、その影響を受けて放射パターンや指向性などが変化してしまう。従って、グラウンド上に実装する場合は、アプリケーションごとにアンテナ特性をチューニングすることが必要になる。しかし、グラウンドの影響を受けないアンテナであれば、そうしたチューニングは一切不要になる。つまり、当社の製品はチューニング不要である。
コストについてはどう評価するのか?
Chuang 当社では、アンテナの設計からアンテナ・システムの構築まで、すべてを手がけている。このため競合他社に比べて、トータル・コストを削減できる。
このほか特筆すべき製品を教えてほしい。
Chuang ディアル偏波のホーン・アンテナを2019年に製品化した。周波数帯域は24G〜44GHzであり、5Gシステムのテスト/計測に向ける。これは、韓国のエンジニアリング・チームがキー・カスタマー向けに開発したものだが、現在はカタログ製品として広く販売している。